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早川嘉美の賀状展 50年の歩み

はや年賀状が気になる季節になろうとしています。難しい小論文のようなコメントから書、パズル、絵画など結構様々なスタイルが届きますが、私は「生きてますよ!」を伝えれば十分だと思っています。 ですからその時その時に取り組んでいるものを優先して取り上げてきたように思います。
50年をたどってみればどういうことになりますか?

まったくの自己満足ですが、ちょっとでも楽しんでいただければうれしいですねぇ~。

平成5年(1993)の賀状

「税理士」と「連珠」 どちらもフル回転していたころの賀状です。
左:この年の3月1日に開設20周年を迎えると記されています。
右:6チャンネル(朝日テレビ)5時台の「うおんてっど」にゲスト出演します。と案内しています。超売れっ子になる直前のトミーズやハイヒール桃子、寛平ちゃん、ミスターオクレ、ジミー大西らと5~6回はご一緒したですねぇ~

⇓ テレビ出演中のスナップ。握手の相手は、トミーズの雅さんです。

2019.5.1

平成4年(1992)の賀状


左「連珠」

右「パズル」

この年は2種類制作しています。

左:「連珠」の世界普及に全身全霊をかけているときでもあり、1994年のKYOUTO建都1200年に向けて「建都1200年記念国際連珠大会京都」の烽火をあげたことが記されています。

右:連珠関係者以外には人気が出始めたパズルでの新年ご挨拶です。

2019.4.1

平成3年(1991)の賀状

クイズを解くと新年のご挨拶が現れる仕掛け。 でも、27年ぶりに考えると自分の創作した問題にもかかわらず大苦戦。ほうほうの手でこたえを得ました。

ヒント=羊(ひつじ)生まれの4周り目の年男だったんです。

2018.12.1

昭和64年(1989年) 平成2年(1990年)の賀状


昭和64年

平成2年
昭和64年の賀状

この年もプリントゴッコが続いています。
この前年の8月8日、連珠国際連盟(RIf)を誕生させ、副会長に就任。第1回連珠世 界選手権京都大会に向けて準備に入ったことを記しています。 44歳 若かったからこその無謀計画を実行してしまうのですから、若いことはすごいです。


昭和56年の賀状

柔軟な思考で経営にあたりましょう とクイズを記していますが、答えは何だったのかなぁ~
難しい!とよく言われますが、ホント 難しいですね。

2019.2.1

昭和63年(1988)の賀状

この年もプリントゴッコ。
「柔軟な思考で経営にあたりましょう!」というメッセージと共に、京都新聞に「ふぁんたじーパズル」を連載中とあります!! やっぱり歴史を感じますねぇ~ 
ひとつ紹介してみましょう!(右の図) このようなノートが20数冊残されていますよ。

2019.1.1

昭和62年(1987)の賀状

まるっぽパズルの年賀状。
少しプリントが不鮮明なので問題を記しておきましょう!

  • お正月に関する言葉が隠されています。
  • ↓↑←→ですべての言葉をみつけて下さい。いくつかの文字が残ります。その文字を上の段から読み下して下さい。
  • 新年のメッセージが現れます。

時代を感じますねぇ~ 当時流行したプリントゴッコによる制作です。

2018.12.1

昭和61年(1986)の賀状

「あけましておめでとうございます」は手彫りゴム版です。。
質問が読みづらいので補足しておきましょう!
「3つの数字をたして、62をできるだけ多くつくって下さい。うまくいくと1つだけ残ります。その時ハガキをひっくり返してその数字を当ててください。」
これぞ 早川流の本格パズル。知的で素敵な問題と自負するところですが、1回きりしか使えないのがつらい。
ヒント → 質問に答えあり!!

2018.11.1

昭和60年(1985)の賀状

昭和60年の賀状(2種)

左/本格的なパズル賀状の登場! いまではパズル賀状を待っていただける方が結構おられ、「難しい!」が多いとお叱り?を受けることも多々あります。

右/加代子作のクロスワード。加代子作はこの年1回きりです。

2018.10.1

昭和59年(1984)の賀状

ファミリー全員(5人)の合作によるパズル賀状
→←↓↑とナナメ四方向も加えて「チューチュー」「チュー」を読む問題。
「チューチュー」3点、「チュー」1点 最高は何点でしょうか?
結構 頭の体操によさそうですね。

(34年ぶりに解いてみましたが、48点にもなりました。)

2018.9.1

昭和58年(1983)の賀状

 

左:昭和58年度
 「連珠」の国際普及の第一歩、スウェーデン、デンマークに出かけた翌年と会って、
 もっとも苦手な英語を使ったパズルの登場です。

右:昭和57年度
 実はもう一つの賀状もありました。よくまぁがんばっていたものですねぇ~
 我ながら驚きです。

2018.8.1

昭和57年(1982)の賀状  どういう訳か2種作成したようです。

どういう訳かこの年は2種類を考案したようです。従って先月掲載と同じ年度になります。
問題を解かないと新年のあいさつが出てこないのはやっぱりユニーク。これで一気にパズ ル作家の印象を持たれ、「毎回楽しみにしています」の声がかかる様になりました。

2018.7.1

昭和57年(1982)の賀状

昭和57年度になるとパズルだけです。意外と面白いですよ。ぜひ解いてみてください。

2018.6.1

昭和55年(1980) 昭和56年(1981)の賀状


昭和55年

昭和56年

昭和55年の賀状
 この年も連珠に興味のない方には面白みのない賀状。でもなかなかの佳作ですよ!

昭和56年の賀状
 そろそろもう一つの趣味に昇格?するパズルが顔を出し始めました。
 四色図絵 どんな複雑な絵柄も同じ色を接しないで、4色で塗り分けられるのをご存知ですか?

2018.5.1

昭和53年(1978) 昭和54年(1979)の賀状


昭和53年

昭和54年

連珠に興味のない方には何ら面白くない賀状ですね!
この頃から「連珠」の世界普及を目指すというとてつもない夢を膨らませ、モスクワのウラジミール・サプロノフさんと手紙による対局を行っていました。
ホンキが芽生えるのはもう少し先になりますが…。

2018.4.1

昭和51年と52年の賀状


昭和51年

昭和52年

左/このパターンがしばらく続きます。
  文字は自筆ですが、ゴム版は49年度を最後に卒業(?)していますね。

早川光勝(はやかわ・こうしょう)とあるのは、当時使っていた珠号です。この直後から、RENJUを世界に!の夢に向けて歩み始めることになり、海外では「KOSHU」「KOSHO」と呼ばれて人気者だった(?)ですよ。
なおまた、※勝は連珠界では結構由緒ある号で、父の師匠が石田最勝、その門下生が早川美勝(びしょう)、松井互勝(ごしょう)、辻千勝(ちしょう)らで、兄は少しの間、早川輝勝(きしょう)を名乗っていました。

右/年賀状にパズルをとりいれた第1号。

SYOWA + 52NEN = GASYO   (注 E=5)
いわゆる覆面算というものですね。結構難しい。
最近はこういったものはあまりやらないんですかねぇ~

2018.3.1

昭和50年の賀状

もっとも簡単な問題ですが、勘違いをしてアレッ!出題ミスでは?と焦りました。
地力としてはおそらくもっとも血気盛んなときだったのでしょう。日本1に王手をかけたころでもあります。(全日本十傑戦最終局を残してトップに位置にいた。最終局に負けて2位。)
直後にソビエトのウラジミール・サプロノフ氏と運命の出会いがあり、連珠を世界に広げるという途方もない夢を描くことになりました。

2018.2.1

昭和44年と49年の賀状

昭和44年の賀状。いかにもあっさりした賀状ですが、丁寧に彫っていたころが懐かしくもあります。
昭和49年の賀状。46~48年が残っていないのが今となっては惜しい! 文字も絵柄もゴム版彫りですが、印刷機にかけた手抜きが始まっています。


昭和44年

昭和49年

今年の賀状は ⇒ リンク

2018.1.1

昭和43年の賀状

結婚初年度 色気のない賀状かな。連珠の問題シリーズが長らく続くことになります。
とはいえ、よく頑張ってほっていたものです。

2017.12.1

昭和40年と42年の賀状

昭和40年はあっさりしたゴム版画。文字は達筆な字を書かれる先輩に書いてもらった記憶がします。それにしても根気よく彫っていたものですね。左の賀状。
惜しいことに41年は残っていません。42年、右の賀状は独身最後の年。はや人生の大半をかけてきた(かってですが)連珠のはじまりです。されにしても頑張って細かい作業をしていますねぇ~

   

2017.11.1

昭和39年の賀状

第1回目は、昭和39年、20歳の時の賀状。サラリーマンを辞め、税理士に向けて第一歩を踏み出し2ヵ月目です。ゴム版彫による制作です。

2017.10.1