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早川嘉美の賀状展 50年の歩み

はや年賀状が気になる季節になろうとしています。難しい小論文のようなコメントから書、パズル、絵画など結構様々なスタイルが届きますが、私は「生きてますよ!」を伝えれば十分だと思っています。ですからその時その時に取り組んでいるものを優先して取り上げてきたように思います。
50年をたどってみればどういうことになりますか?

まったくの自己満足ですが、ちょっとでも楽しんでいただければうれしいですねぇ~。

昭和57年(1982)  どういう訳か2種作成したようです。


昭和57年

どういう訳かこの年は2種類を考案したようです。従って先月掲載と同じ年度になります。
問題を解かないと新年のあいさつが出てこないのはやっぱりユニーク。これで一気にパズ ル作家の印象を持たれ、「毎回楽しみにしています」の声がかかる様になりました。

昭和57年(1982)の賀状


昭和57年

昭和57年度になるとパズルだけです。意外と面白いですよ。ぜひ解いてみてください。

昭和55年(1980) 昭和56年(1981)の賀状


昭和55年

昭和56年

昭和55年の賀状
 この年も連珠に興味のない方には面白みのない賀状。でもなかなかの佳作ですよ!

昭和56年の賀状
 そろそろもう一つの趣味に昇格?するパズルが顔を出し始めました。
 四色図絵 どんな複雑な絵柄も同じ色を接しないで、4色で塗り分けられるのをご存知ですか?

昭和53年(1978) 昭和54年(1979)の賀状


昭和53年

昭和54年

連珠に興味のない方には何ら面白くない賀状ですね!
この頃から「連珠」の世界普及を目指すというとてつもない夢を膨らませ、モスクワのウラジミール・サプロノフさんと手紙による対局を行っていました。
ホンキが芽生えるのはもう少し先になりますが…。

昭和51年と52年の賀状


昭和51年

昭和52年

左/このパターンがしばらく続きます。
  文字は自筆ですが、ゴム版は49年度を最後に卒業(?)していますね。

早川光勝(はやかわ・こうしょう)とあるのは、当時使っていた珠号です。この直後から、RENJUを世界に!の夢に向けて歩み始めることになり、海外では「KOSHU」「KOSHO」と呼ばれて人気者だった(?)ですよ。
なおまた、※勝は連珠界では結構由緒ある号で、父の師匠が石田最勝、その門下生が早川美勝(びしょう)、松井互勝(ごしょう)、辻千勝(ちしょう)らで、兄は少しの間、早川輝勝(きしょう)を名乗っていました。

右/年賀状にパズルをとりいれた第1号。

SYOWA + 52NEN = GASYO   (注 E=5)
いわゆる覆面算というものですね。結構難しい。
最近はこういったものはあまりやらないんですかねぇ~

昭和50年の賀状

もっとも簡単な問題ですが、勘違いをしてアレッ!出題ミスでは?と焦りました。
地力としてはおそらくもっとも血気盛んなときだったのでしょう。日本1に王手をかけたころでもあります。(全日本十傑戦最終局を残してトップに位置にいた。最終局に負けて2位。)
直後にソビエトのウラジミール・サプロノフ氏と運命の出会いがあり、連珠を世界に広げるという途方もない夢を描くことになりました。

2018.2.1

昭和44年と49年の賀状

昭和44年の賀状。いかにもあっさりした賀状ですが、丁寧に彫っていたころが懐かしくもあります。
昭和49年の賀状。46~48年が残っていないのが今となっては惜しい! 文字も絵柄もゴム版彫りですが、印刷機にかけた手抜きが始まっています。


昭和44年

昭和49年

今年の賀状は ⇒ リンク

昭和43年の賀状

結婚初年度 色気のない賀状かな。連珠の問題シリーズが長らく続くことになります。
とはいえ、よく頑張ってほっていたものです。

2017.11.1

昭和40年と42年の賀状

昭和40年はあっさりしたゴム版画。文字は達筆な字を書かれる先輩に書いてもらった記憶がします。それにしても根気よく彫っていたものですね。左の賀状。
惜しいことに41年は残っていません。42年、右の賀状は独身最後の年。はや人生の大半をかけてきた(かってですが)連珠のはじまりです。されにしても頑張って細かい作業をしていますねぇ~

   

2017.11.1

昭和39年の賀状

第1回目は、昭和39年、20歳の時の賀状。サラリーマンを辞め、税理士に向けて第一歩を踏み出し2ヵ月目です。ゴム版彫による制作です。

2017.10.1