瀬尾健一先生の足跡を「座右の銘百選」として辿ってきましたが、前回をもって大団円。
今回から、いろんな場で学んだり、収集したりして書き留めてきたものに、私自身の提唱を交えながら、「新・座右の銘百選」として綴ってまいりたいと思います。
最初にお断りしておきますが、瀬尾健一先生とはあまりにも知識教養がかけ離れていますので、十分承知おきいただきお読みいただきますようお願いしておきます。
2016.4.1 記
之を知る者は之を好む者に如かず
之を好む者は之を楽する者に如かず
新・座右の銘百選 20
『之を知る者は之を好む者に如かず
之を好む者は之を楽する者に如かず』
朝倉泰子・くにおみ メモリアル・コンサートからの言葉
説明を加えるまでもありませんが、知るだけではほとんど何の役にも立ちません。これを好きになり、やがて楽しむことになって生かされてくるのです。
音楽は当然としても、すべてものにいい得るではないでしょうか。大切にしたいですね。
早川嘉美 最近の活動と研修日記から
近畿税理士会東山支部 研修例会に出席
みっちり3時間の研修。テーマーは「法人の解散と清算をめぐる税務」
ここ数年の間に複数で清算実務を行っているのですが、改正が行われていないかをチェックする必要があります。税法は常にこうしたことをチェックしておかなければいけないのがつらいです。
2017.10.2
民進党政策フォーラムに参加
民進党フォーラムと銘うっての開催ですが、実質的には前原誠司議員の決起集会。
一連の動きにエッ、どうして、なんでー?という思いが強く、まるで落ち着かない日が続いていました。その上この日、相思相愛?息がぴったりだと思って疑わなかった福山哲郎参議院議員が袂を分かつと発表があったものですから~。
前原議員はそれも含めて「日本のために!」決断したという毅然とした宣言を拝聴してかなりすっきりしたつもりにはなったのですが…。
とにかく見守っていくしか選択肢はありません。思いを強く!と願うばかりです。
2017.10.5
朝倉泰子・くにおみ
「メモリアル・コンサート 音魂」を鑑賞
これほど独創的、他の追随を許さない企画マンは他のおられないのではないか。その上大胆で超積極的な活動。その一端を記してみるとー
- 1988年7月~ 奈良県吉野郡下北山にて、若い音楽家を育てることを目的としたサマーセミナー(ヴァイオリン、ピアノ)を創生。有望な演奏家を次々と育てられました。
- 1989年4月 アサクラコンサートホール建設。100名収容。
- なら100年アカデミーをこの年からスタート。これが育って、奈良全体を巻き込んでの「ならムジックフェスト」(毎年6月、奈良全体のいたるところでコンサートが開かれる)に発展。私も3年続けて、泊まり込みで鑑賞に出かけています。
- あまりに多すぎて紹介しきれませんが、私の鑑賞に出かけただけでも、法隆寺、薬師寺、東大寺等著名寺院本堂でのコンサート。またコラボレーションでは、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ハーブ等々に、能楽、パントマイム、書、切り絵等々のコラボレーション。そうそう法隆寺では、烏の鳴き声も混じったことがありましたね。
著名な演奏家では中田喜直、アルバート・ロト、澤和樹(現東京芸大学長)、ベラ・カトーナ、河島英五、桂小米朝、大中恩、若林暢、安東伸元、河合隼雄等々そうそうたる、かつ異色の顔ぶれも。 - コンサートのタイトルもユニーク。「10万馬力の音楽会 甦れ手塚治虫」「中谷宇吉郎へのオマージュ 復刊 浦島太郎によせて」「ヴァイオリンを持った天使たち」などなど。
- 早川事務所の周年記念では、1998年4月の20周年記念「中田喜直の世界」。 2003年3月の25周年記念「ヴァイオリンを持った天使たち」でお世話になり、大盛り上がりだった記憶が残ります。
本当に惜しい方との別れとなました。泰子さんは直前まで「早川さん、まだ死にたくないねん。まだしたいこといっぱいあるねん。」と何度も何度も口にしておられましたのにー。
残念としか言いようがありません。
泰子さんご夫妻のご冥福をお祈りいたします。合唱。
1998年3月の20周年記念 指揮をされる中田喜直氏 |
メモリアルコンサートの掲げられた 若き日の朝倉ご夫婦 |
2017.10.6
世界水フォーラムを考える会主催
「世界水フォーラムの課題と展望」に参加
かって連珠の世界普及にご支援いただいていた沢井敏郎さんが中国、モンゴル沙漠緑化植林活動から「沙漠化した沙漠は緑化できる」のレポートを発表されると案内をいただき参加した。
気楽に参加したつもりだったのですが、皆さん文字通りグローバルに「世界の水の浄化」を真剣にとらえられており、えらい大切なことなのだなぁと身につまされました。
沙漠にしても、かってそこには人類が最も栄えてきた都市があって、当時の感覚では開発はなすがまま、それでも自然は広かったから影響がなかった。それが今日に至って、この有様なんですよ。次の時代に今のうちに何とかしないといけません、ということになるわけです。
また、水の汚染は深刻な病いとの戦いになり、ケニア、パレスチナ、アフガニスタン、ミャンマー等では様々な支援活動がなされていると紹介がありました。
詳しくは次のHPをどうぞ!
特定公益社団法人Nicco ⇒ info@kyoto-nicco.org
2017.10.7
京都国立博物館
会館120周年記念企画「国宝」展を特別鑑賞。
国宝のほぼ3分の2が展示されるとあって、何をおいてもとばかりに「会員特別拝観」(1時間の解説付き)に参加しました。スゴイです。一見の価値おおありです。
11月26日まで開催中。
2019.10.10
(有)吉田製作所
創業者 吉田正義会長ご逝去
プラスチック成型で元気のある企業、㈲吉田製作所の創業者である吉田正義会長がご逝去されました。
このところ体調は少しすぐれなかったのですが、6月から7月にかけて半月ほど奥さんと北海道旅行を堪能されたばかりです。9月のなかばに入院、翌日(10月11日)に退院予定のところ容態が急変してこの日、還らぬ人となりました。
私が幼少の頃からの知人。というより兄(早川勝巳)のポン友的存在で、私は後ろについて歩いていた存在でしたが…。もう20数年も前、ある納税相談会場で奥さんお会いし、「吉田正義」と記されているところから「ひょっとしたらマアちゃんですか?」をお尋ねしたがきっかけでしばらくしてお付き合いが始まる様になりました。
温厚、実直、奥さんとの仲は最高、理想の夫婦像でした。「誰と出かけるより、恭子と出かけるのが一番いい」とそれこそ、名山と言われる名山を次々とご一緒に出掛けておられました。
延命治療は一切受け付けられず、最後はほとんど意識のない状態で声を振り絞って、かすれた声で「恭子(やすこ)ありがとう」と3度叫ばれてお別れになったそうです。
私も別れはかくありなんと思います。
心より、ご冥福をお祈りいたします。合掌。
在りし日の吉田ご夫婦/事務所20周年記念グアム旅行にて
平成3年11月
2017,10.12通夜 10.13告別式に参列
画材展をぶらり
昨年行きそこねた画材展に出かけました。お目当てがあったのですが、なんか今年は違和感を感じ、3回りして1時間ほどで引き上げました。
こういう催しには、やっぱりワークショップに参加しないといけませんね。
2017.10.14
前原誠司 個人演説会に参加
日ごろから敬服してやまない前原誠司議員の今回唯一の個人演説会。このところの一連の動きについてはいろいろ批判もあるようですが、個を捨て、国家を思う大胆かつ緻密な思いからこの行動をとられているのがよくわかります。だが、議員の話をじっくり聞かないとなかなか伝わりにくいという忸怩たる思いをしています。
今日の話を多くの方に聞いて欲しいなあ~としきりに思います。
この日は力強く、明快に論じておられただけにテレビ等で発言の機会が失われているのがとても残念で仕方がありません。
2017.10.17